*

吉田松陰 名言「大和魂」から人物を考える

公開日: : 最終更新日:2015/03/12 社会

 吉田松蔭(よしだしょういん)とは、松下村塾という塾を開き、明治新政府を樹立するのに活躍した数々の人物を生み出した教育者として知られています。

 吉田松陰を語るには、まず佐久間象山(さくましょうざん)について知っておく必要があります。象山は、兵法(ひょうほう)学者にして朱子学者、思想家で、西洋の学問にも精通していました。ちなみに、兵法学とは、戦争における戦術を研究する分野です。
  
 一八五三年、ペリーが黒船によって日本にやってきました。中学や高校で必ず習います。そして、それがきっかけとなって明治維新への道が開かれた、と私も理解していました。しかし、それはとても表面的な理解で、江戸から明治は学べば学ぶほどとても面白い時代です。
 佐久間象山は、黒船がやって来る十年も前に、幕府に対して警告を発していました。象山が訴えたことが、「日本の海岸の要所に砲台を設置すること」「海軍を養成すること」などです。幕府は真剣にそれを聞き入れなかったようですが、象山には、「海に囲まれている日本はこれから不利になる」ことが見えていたのかもしれません。
 どういうことかというと、海に囲まれていることは国防の点で日本に有利でした。なぜなら他国が日本に進出しようと思えば、船で来なければなりません。帆船(風力によって動く)では、運ぶ人員も限られてきます。何より、海は荒れます。日本に到達するまでに遭難することもあります。日本にとっては、「戦わずして勝つ」です。

 その常識を覆したのが、黒船です。黒船は、「蒸気汽船」です。蒸気の力で進みます。大きさも運べる人員も帆船とは較べ物になりません。何より、砲台の設置が可能です。陸から離れたところから、大砲で攻撃をされれば日本はどうしようもありません。たちまち、海に囲まれていること、が日本の弱点になりました
 天才は天才を知る、吉田松陰は佐久間象山をよく理解していたようです。日本に必要なのは西洋から学び技術力を西洋と同等まで高めること、と松陰も考えました。

 吉田松陰が、黒船が二度目の来航の際に、渡米をペリーに懇願したのには上記のような思想的背景があったからでしょう。
ただ、当時は、藩(現在の県のようなもの)から出ることすら犯罪です。松陰のアメリカ行きは叶わず、故郷の萩(はぎ)に幽閉されることとなりました。
 さて、吉田松陰の名言です。

 かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ 大和魂(やまとだましい)

 大和魂の反対語は唐才(からざえ)。唐とは現在の中国のことです。唐才とは合理的、論理的な思考のこと。それに対する大和魂は直観とでも言いましょうか。逮捕されると知りながら渡米を企てた自分自身を読んだのでしょう。
 この大和魂が多くの人物を排出したのです。

Sponsored Link

Message

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ネタバレ!記憶第一話 小林隆さんといえば・・・

主人公は、中井貴一さん演じる本庄英久。職業は弁護士です。“優秀な”とい

10代との会話に役立つ知識 高橋一生

好きな芸能人の話は定番ですね。 キムタク?福山雅治? そうです

10代との会話に役立つ知識 BL

これは、一部の・・・ということでしょうか。 10代の娘さんを持つお父

10代との会話に役立つ知識 ホームアローン

【送料無料!!】【アイガー】3種類から選べるニュージーランドアイスクリ

10代との会話に役立つ知識 ワンチャン

10代の女の子と話していてときどき聞こえる ワンチャン と

→もっと見る

PAGE TOP ↑