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昭和49年多摩川水害 碑文は先祖の智恵 3.11津波から救った大津波記念碑

公開日: : 最終更新日:2015/07/09 経済・歴史

昭和49年(1974年)9月、台風の影響で多摩川左岸が決壊。東京都狛江(こまえ)市の民家19棟が流されるという水害が発生しました。これをきっかけとして作られたのが「多摩川決壊の碑」。

〔記事〕多摩川決壊の碑(昭和49年「多摩川水害」のモニュメント)


そして、岩手県は重茂半島、姉吉地区にある「大津波記念碑」。

〔記事〕宮古・姉吉地区 石碑の教え守る  <4月10日・河北新報>

ここに書いてある内容は、

これより下に家を建てるな

です。


これら“碑”の役割というのは、“忘れないための記念”ということばかりではなく、“先祖からの教え”なのです。



テレビドラマ「岸辺のアルバム」
「岸辺のアルバム」は、1977年に放送されたTBSのテレビドラマです。

これは、「多摩川水害」を背景に作られたドラマです。水害によって家が流されるラストシーンでは本物の報道映像が使用され話題になりました。



1896年(明治29年) 明治三陸大津波
「明治三陸大津波」は、岩手県の三陸沖を震源地として大地震によって起きた津波です。


東京都在住の古写真収集家の方が、当時の写真48枚を保存していました。

それらがこちらの記事です。
NAVERまとめ


そして、1933年の「昭和三陸大津波」。それを記念して造られたのが、「大津波記念碑」です。



出典 グーグルマップ


地図の、“赤い線”で囲まれているところが「宮古市」。この最東端にある「重茂(おもえ)半島」の、海岸から約800メートルのところにこの記念碑はあります。


記念碑に書かれた“ここより下に家を建てるな”の教えに従った結果、2011年の東日本大震災では、記念碑の周辺の住人は被害を免れました。津波は記念碑の70メートル手前まで迫ったといいます。



私たちも先祖
ある方のお話しです。

自分を中心に3世代前と3世代後、計7世代を考えます。すると、自分の前と後の約100年ずつを考えることになります。

すると、自分は前の100年から(つまり先祖から)教わって生きることになります。この「大津波記念碑」の話もそうですね。

そして、後の100年を考えると、今度は“自分たちが先祖”になります。すると、子孫に教えを残すという考えが出てきますが、何を残すか、それは

恥を残す

のです。

それが、子孫にとっての“教え”になります。


私も、ここでは書きませんが“恥の多い人生”を歩んできました。それを子孫に教えるという態度ではなく、笑顔で話すことです。

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