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3月15日東京新聞インタビュー、オートレーサー森且行。6人目のSMAP!

公開日: : 芸能・スポーツ

3月15日の東京新聞のインタービュー欄「あの人に迫る」でインタビューを受けたのはオートレーサーの森且行(もりかつゆき)さんです。
「オートレースの話だけなら」という条件で引き受けた仕事。どういうことか?森さんはかつてSMAPの一員として活躍をしていました。むしろ私が一番よくSMAPを観ていた頃に森さんはいました。「昔は昔、今は今なんです」と語る森さんですが、テレビに映っていたときの森さんの姿は今でも鮮明に思い出すことができます。それほどテレビの影響力がすさまじいということでしょうか。それとも私がテレビを観過ぎだったのか。

 SMAPの「S」は「sport」の「S」、「M」は「music」の「M」です。その名に違(たが)わず、スマップはスポーツや音楽など幅広い活動をしてきました。森さんも、歌でもスポーツでも料理でもなんでもこなしていました。
「夢がMORIMORI」というバラエティ番組が、1992年から1995年まで深夜に放送されていました。当時は、スマップはまだ今ほど売れていなくて、メインは当時大人気の森脇健児さんと森口博子さんでした。愛称「夢MORI」のこの番組の人気コーナーは、「キックベース」。私たちは「サッカー野球」と言って小学生のときによくやっていました。森さんはSMAPの中で運動神経ナンバーワンでした。
 ちなみに、その後、SMAPは大ブレイク。その一方で森脇健児さんの仕事は少しずつ減っていきました。近年、またテレビに出るようになった森脇さんがある雑誌で話していましたが、「彼ら(SMAP)はどれだけ売れても自分に対する態度がまったく変わらなかった」そうです。森脇さんは、いわば、バラエティにおけるSMAPの育ての親。その「感謝」を忘れない心が、SMAPが売れ続ける理由のひとつかもしれません。

 さらに、森さんは「SMAP×SMAP」のコーナー「ビストロスマップ」でも突出した料理の腕前を披露していました。当時は始まったばかりで他のメンバーの料理はそれほどでもなかったのです(今ではみなさんとても上手ですが)。

 ざっとこれだけ書けてしまうくらい鮮明に記憶していますが、1996年(夢MORIが終了した翌年)に森さんは芸能界を引退し、オートレーサの道を走り始めました。それは当時大きなニュースとなり、オートレーサー養成学校での入学式で丸坊主になった森さんの姿がテレビに映し出されました。
 女性ファンがオートレーサー場に詰めかけることが予想され、女子トイレが急きょ増設されるなどの措置が取られました。そのデビュー戦では3万人以上のファンがかけつけ、森さんもデビュー戦を勝利で飾りました。

 その後、3万人というその数字を越えたことはないそうですが、「僕が出ることで、少しでもオートレースのことが話題になればうれしいとの一心です」と変わらず謙虚な姿を見せます。

まとめ
「5人目のビートルズ」という映画を観たことがあります。実際に、「ビートルズの4人に準ずる」という意味で、何名かそう言われた人物がいたそうです。
 東京新聞には「SMAP」の文字が載ることはありません。プロフィールにも「元アイドル」と書かれるだけです。そこにはいろいろな配慮があるのでしょう。これはブログですから構わないと思います。森且行さんは間違いなく「6人目のSMAP」です。

 



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